地域貢献演習Kクラス
869 訪問
Space
ブックマーク2026/05/15 作成コンテンツ
左から順に ・写真からAI生成したモデル ・Scaniverseでスキャンしたもの ・動画をもとにしてPolycamで生成したもの慰霊碑
長きにわたって供養されることなく放置されてきた胎児と病理標本の慰霊碑は、同時に、断種、堕胎、そして死後の解剖を強制されてきた松丘保養園入園者の無念の思いを鎮魂する慰霊碑です。平成19年3月落成。カトリック教会
昭和26年、今日の基礎となる「松丘カトリック愛徳会」が発足、信者の希望により昭和32年1月7日献堂されました。弔霊碑
杉山衛生局長巡視の折、北部保養院の病死者を悼み送られた寄付を元に大正3年9月10日北部保養院慰藉会が建立。中條資俊先生の像
中條資俊先生は、明治42年北部保養院(現松丘保養園)創設当初から昭和22年3月に在職中に亡くなられるまで38年間、初代の「医師」園長として、松丘保養園のために尽くされ、その礎を築かれました。旧凖看護婦養成所
松丘保養園附属準看護師養成所は前身の附属看護員養成所を経て昭和27年に開設し平成8年に閉校した。1期生から43期生までの卒業生の内、多くの方が保養園に勤務され、ハンセン病の看護と啓蒙に尽くされました。聖生会
昭和21年12月22日、3教会(聖公会・聖城団・カトリック)が合同して「聖生会」と命名して教会を再建しました。全国の療養所教会の中で最も北にあります。現在会員数は4名。月2回(日曜)の礼拝は青森市内の日本キリスト教団の3教会からの応援で守られています。ホーリネス系の伝統を受け継ぐ教会です。松丘慰霊の塔
旧火葬場跡 昭和59年入園者親睦会建立 園内での火葬は昭和38年まで行われていました。冷月苑
平成7年造成。平成6年に亡くなった北柳吟社の小山冷月氏の寄付金により整備された庭園。小山氏は盆栽でも名を馳せた人で、その思いを承継し多種多様な草木が植えられ入園者の目を楽しませています。カトリック教会(中)
昭和26年、今日の基礎となる「松丘カトリック愛徳会」が発足、信者の希望により昭和32年1月7日献堂されました。御恵の森記念碑
昭和10年に貞明皇后より楓の実生150本を下賜されたため、昭憲皇后の賜金のご沙汰を讃え「御恵乃森」の記念碑を昭和11年6月25日に建立しました。皇太后陛下 御歌碑
「徒然の 友となりても 慰めよ ゆくこと難き 我にかわりて」昭和7年11月10日に貞明皇太后より下賜された御歌を記念して、昭和9年6月25日に北部保養院患者慰藉会により建立されました。松丘慰霊の塔
旧火葬場跡 昭和59年入園者親睦会建立 園内での火葬は昭和38年まで行われていました。遊歩道
松丘保養園の周囲を囲む土塁は隔離の象徴的な存在でした。共存共生の時代に地域に開かれた保養園の在り方を模索する中で、入園者と地域住民が共に歩ける遊歩道の計画が生まれ平成28年12月末に完成。土塁の部を遺構として残しました。参考:2-3号館
2026/04/20撮影青森大学 2-3号館間
担当:1125038 処理:Polycam青森大学 中庭3
担当:1125028 処理:Polycam



















